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把手は古いか、新しいか。

ここ最近も曲を試行錯誤しながら作っていますが、ようやくNormを立ち上げて、「こうなったらいいなー」と思っていた効果が出始めて来たように感じます、、、。

 

しっかりと分離を行なう事ができるのが良い結果に繋がっていっている!

 

たぶんこのページを訪れてくれる人たちはほぼ藍坊主経由でやってくるだろうからご存知と思いますが、先日「群青」というシングルを配信限定で発売しました。

この曲は色々な人の協力も得ながら最終的に実によくできあがっていて、、、個人的にもとても気に入ってます(マジで作れてよかった)

売れる売れない、広まる広まらない、音楽活動を自力でやっていくのには無視出来ない指標だけども、とりあえずその話は置いといて、まずこの曲を外に存在させる事ができた事が、いつかの地点から見ると、奇跡のような事だと思ってます。

分岐点や、一瞬しかない線と線がクロスオーバーするきっかけ、ひとつでもどこかずれていたら、音楽って結構別な形に変わって行ってしまうもの。

冗談抜きで生き物みたいなんだよね。

 

曲単体でもそうだけど、バンドの可能性というか、”バンド”そのもの存在価値、大人がロックをやる(内面はともかく、年齢的なところで)正当性のようなもの、「まだやっていいんだな」って、ちゃんと思えた作品でもありました。

ロックをやる正当性って笑、気にし過ぎとか考え過ぎとかって言われるかもしれないけど、自分にとってはすごくひっかかってた部分であり。

ロック、ロック言ってるのとか、すげえムカついて嫌悪してた時期もあったし。うそくっさいなー、なんか芯がほしいなーなんて思いつつ。

たぶんビビってたんだろうね、過去の自分が今の自分を見たら「おまえ、何やってんだよ!!」って言われそうで。どっちの自分もたいしたことないくせに笑。

 

正直、ここはずっと難題だった。馬鹿みたいだけど。

でもそれも、ようやく解けた、というか溶けた気がするかな、、、、。

 

つーか、どうでもよくなったみたい笑。

 

「うるせー、クソガキ!!○ロスぞ」って、今なら過去の自分に言えそうです。

 

と、ここまで意識回復できたのは、実に、Normのおかげでもあるんです。

だから今日は長い文章を。独り言のように。

 

Normでライブも三回やらせてもらったけど、この三回はとても大きな財産になりました。

内容やクオリティーはさておき笑、どす黒かったもやもやが回を重ねるごとに透明になっていき、制作全体にも明らかに好影響を与えてくれてます。今も。

 

作品づくりは、突き詰めて行けばいくほど”ひとりよがり”と呼ばれるものに陥りがちですが、

そもそも、個人が自分の個性を体現する為の行為は、”ひとりよがり”の側面を常に抱えなければ成立しないものなのでは?と俺は当然のことのように今も思ってます。

これが”ひとりよがり”で終わるのか、それとも”一般性”を獲得してひとの共感を得られるものにまでなるのかは、その次の段階の話で。

始まりはいつも、誰かに左右されるようなものじゃないし、左右されてはいけないものなのじゃないか(常に外部から影響を受ける事はあれど、主体性はいつも自分にないと、つまらないものばかりが量産されるだけじゃないか)

青臭い話で、未だにこんなこと言ってるようじゃ社会性の薄い人間どまりとも言えるのかもしれないね。

けど、この部分が死守出来ないのなら、いっそ音楽辞めてしまった方がこの後の人生楽しく暮らせるんじゃないの?って、

あくまで自分は”音楽家”として生きてる限りは、”ひとりよがり”の可能性からは抜け出せないし、”ひとりよがり”に陥った時の苦しさとはいつも友達でいなければならない。

この苦しさは、友達なんだよ。今はそう思う事にしているけど。

一時期はこの苦しさを周りに押し付けてだいぶ迷惑をかけたり、理解を求めて強行突破をしようとしたり、、、俺も子供だったんだけど、もうこうなってくると悲劇だよね。

結果として、”一般性”にまで到達しない音楽ばっかり作っていると、人々の信頼も失い、世の中で言う「仕事がない」状態にもなってしまうから笑、さあ大変だ。

でも、、始まりはいつだって自分から、の芯は曲げ続けると病気になってしまうので、これもできない。

うむ。

で、これはもうどうにかして解決する事ができないのか!!って、ところで行き着いたのが、

 

1もうバンドやめて全部リセットして一人になる。

2バンドもやらせてもらいつつ、一人でもやる。

3めんどくさいから全部やめて島に行く。

 

結果はご存知、2を選択させて頂き、現在に至っております。

もし1になっていたら、たぶん今頃3になってただろうね。

メンバーとスタッフと当時の事務所の社長さんにはこの点とても感謝しております、、、。

 

そして今、藍坊主は全部自分たちで活動を行なっているので、やりやすさという点では更に自由度が上がり、その分責任やリスクは爆上げになっている状態でもあります笑。

でも、結局今の状態の方が、自分たちには合っているんだなとしみじみ思う。

特にぼくは、すごく音楽と近くなれてきてとてもルノレコーズに感謝しております。

 

で、このNormの活動がどんな役割をしてくれてるのかというのに繋がるんですが、単純に言ってしまえば”ひとりよがり”を逃がす場所です。

逃がすっていうと否定的だけど、苦しみだけじゃなくて、喜びも与えてあげられるような活動をする場所。

すごい変な話だけど、自分の作ったものを自分だけはちゃんと愛してあげらるからね。見方変えるとすげえ淋しいことかもしれないけど笑。

 

立ち上げ始めのブログにもたぶん書いてたけど、”自由に何も決めずにいろいろやる”って、結局何がやりたいのかあの時は正直よくわかってもいなかったけど、

続けて行くうちに出来て行く道筋もあるということで。これからも大事な活動場所にしていきたい。

 

視聴率は圧倒的に低いのも承知だ笑。それでいいのだ。迷惑をかけず、ひっそりと、でもたまに大胆に。

 

Normのおかげで、結果的に”一般性”に届かない曲たちや、アイディアにも生きるチャンスが与えられました。

また逆に、Norm用に作った曲がバンドで採用されそうな事もでてきてたり。俺としては、どっちでも形に出来ればとてもうれしいこと。

そういう循環が自然になってくると、制作欲は不純な葛藤をなくし、結果として”一般性”に届く曲もこれから力強く生まれてくると思ってます。

これがどんなに嬉しいことなのか、説明しつくすのは難しいけど、なんとなくでも伝わったのなら幸いであります。

このページに訪れて興味を持ってくれているあなたがたのおかげでもあるのだ、

これから藍坊主がより良いバンドになっていくのは。”群青”が完成出来たのも。ありがとうございます。

 

とはいえ、この活動は誰にも無理強いはしません笑、まあこの圧倒的”個”の時代にそんな言葉もナンセンスだね。

「良いとおもってくれ!」とも思わないし、むしろこれからもバンドの方をメインで応援してもらえるのが、メンバーの一人としてもとても嬉しいです。

 

思いのままに制作を始められること、なんて恵まれているのだろう。

 

そして、音源制作はまだ全然進まない笑。

 

Norm/hozzy

 

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