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アートワークと5年計画の話①。

『Sitral』のジャケット数時間前にボンバー大川からデータもらって、「これこれーーーーこれですぅーーーー!!」ってなってめっちゃテンションあがって髪ちょっと切った。

藍坊主のデザインもだけど、ここ2年くらい彼に色々とアートワーク系の仕事をお願いしているんだけど、今年入ってからやつが撮ってる写真が個人的にほんと好みでべた褒めしまくってたら、今回のジャケットとか中身に使わせてくれてしてやったりである笑。

というかほんと好きだから、これはね、とても嬉しい。

大事な作品たちだろうから、使う場面も選ぶだろうに、ありがたいことです。

今も大川が自分のサイトにあげている写真は、近くにいて、仲がいいからとかじゃたぶんないくらい作品としてなんか自分の感覚に強く訴えてくるものがある。

ここ数年何回も音楽で見てみたかった色彩と質感。

それが実際目に見えたような感じ。

被写体がどれとかじゃないんだよな多分。

やつがどれだけ俺に影響を受けていたのかがよくわかったよ、、、、

なんて言いたくなるくらい笑、ヴィジュアルで自分ができないことを表現してくれた。

歌詞カードの中身のデザインにもいい写真たくさん使ってくれていて、俺は大満足であります。

大川に許可ももらってあるから、普通じゃあり得ないけど、ジャケットの中身も一部ここで公開していこうかなと思ってます笑。

今回アルバムが5年越しの作品みたいなこと前にも書いたので、そのことも今日はもうちょい書こうと思います。

2012年の今頃の季節だったと思う。

ゲリラ豪雨とか、天候が突然凄まじく変わったような夏のある日の夕方、

いつものように机にしがみついて僕は作曲をしていた。

目を瞑っていたらしく、光は見なかった。

そして突如鳴り響く轟音と、地響き。

近くにでかい雷が落ちた瞬間だった。

びっくりして窓の向こうを見たけど、もう空が曇ってるばかりで何も見えなかった。

その時にほんとにふと脳裏をかすめたちょっとした疑問。

”マイクってどうやって音拾ってるんだろう”

ちょうどモニタースピーカーって、曲作りで音楽のバランスを聞く為のスピーカーを新調したばかりだったのもあって、それまで全く興味のなかった音楽の機材にちょっとだけ意識が向かっていた時期でもあった。

雷が落ちたのを感じた時に、なんだか単純だけど電気つながりで音を収録したり、再生したりするメカニズムについてちょっとした疑問が生まれたんだよね。

すると、自分の性分なんだけど、一旦気になることがあるとがっつり調べてみたくなる癖があって、特にそのちょっと前は哲学とかにもはまっていたからどっぷりそういう音響関係の知識収集に向かい始めることになりはじめたのでした。

この時まで、音楽始めてから自分でもどこか線を引いていた部分が正直あった。

音響とか、手を出し始めると、作曲どころではなくなってしまうし、身を滅ぼしかねなくなるってことを、、、、。大げさに言うと。

ほんとはギターとか、俺、たぶんめっちゃコレクションしたいタイプのくそ野郎なんだと思ってる。

「あの、ヴィンテージギターがあ」とか

「何年製のピックアップがあ」とか

こわすぎてハマれなかった。

ハマりすぎて音楽作るよりそれ語ってる方が楽しくなっちゃいそうで距離いつも置いていた。

2012年の夏頃、

アクアリウムの次にきた特大のマイブームは、2017年の現在になっても到底完結しない研究、

音響工学の世界に向かい始めたのでした。

しかもたちが悪い事に、PAとかレコーディングエンジニアになりたいとか、その実際に音を操る音響技術を体系的に学びたいとかではなくて、そのもっと手前、エンジニアさんが使う機材の性質や構造、作られた時代背景や使われている部品の事など、そっちのより興味人口が少ないようなフィールドに興味の対象が特化していってしまったのでした。

ラジカルなんだ。これも性分で。

哲学もだけど、一旦気になると大本の方が気になって気になって、実利的なことが何もできなくなってしまうのよ。やんなきゃ駄目なの大人なんだから。

でもーーー、

一回くらい哲学者を夢見てもいいんじゃないか、って思うのと同じくらいに、自分でマイクを作ってみようと思い立ってみるのもいいんじゃないかって、

僕は思うんですよ。

だって、人生は一回きりだぞ。

なげーーーーー

やっぱ、長くなってくるので、続きは次回に。

次は初めて半田ごてを買いに秋葉に行ったところから始めようと思う。

機材をね、自分で組み立て始めたんだ。2012年。

Norm/hozzy

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