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猿の手、這う両手。*怖いの注意*

僕が生まれて初めてみた奇妙なもの、明らかに「変」だと認識したものはトイレの隙間から突然伸びてきた「手」だった。

年齢はまだ幼稚園にも通っていなかった頃なので、3〜4歳ほどだったと思う。

当時僕は親の働く会社の社宅に家族4人で住んでいた(のちに5人になります)

社宅は住んでいた当時でも既にかなり古く、お世辞にも綺麗な住まいではなかったような気がする。

特にトイレは、昼でも若干薄暗く、幼かった自分には少し怖い場所でもあった。

そういうこともあって、いつもドアは半開きにして用を足していたのである。

これがいけなかった。

初めてみた異様なもの

汚い話で恐縮だが、この時、僕は便座に座って大きいものを排出していた

つまりドアに向かって座っていた。

時刻はお昼過ぎだったと思う。

夜中ではなくまだ日が出ていて、薄暗い廊下ではあったが、ドアを半開きにしたトイレから見える視界は、十分に明るかった。

ふと、何の気なしに前方を向いた。

すると、ドアの隙間から伸びるものが視界に飛び込んできたのだ。

毛むくじゃらの太い手だった。

幼子ながら一瞬で理解した。

これは父や母の手ではない。

いや、人間の手ではないと。

僕はすぐにその場で号泣し、リビングにいた母が驚いてトイレに駆けつけてきてくれた時にはその手は消えていた。

おそらく見たものを必死に説明したと思うのだが、母は困惑したことだろう。

「猿みたいな手がドアから伸びてきた」

僕は見たままを泣き叫びながら表現していたと思う。

母も必死に慰めてくれた。

この時のことを思い出すと、とても埃臭いような、日暮れの寂しさにいるような気持ちになる。

 

こうして僕は生まれて初めて「怪奇」「怪異」な体験に遭遇することになった。

あの手の奇妙さ

昼間、毛むくじゃらの手が突然目の前に現れるだけでも十分に奇異な出来事であったが、さらにおかしかったのが「手の出方」である。

僕はトイレのドアを開けたまま用を足していたと書いたが、手が出現したのはドアノブが付いている方ではなかった

つまり通常ドアで出入りする隙間の方ではなく、蝶番(ちょうつがい)で止まっているごくごく狭い隙間の方からだったのだ。

-例:こんな蝶番の方のわずかな隙間から手が出た-

皆さんも気をつけてほしい。

どこから怪奇が起こるかはわからないということです。

それから度々夢に出てくる2本の這う手

この出来事があってから、件の社宅に住んでいた数年間に、記憶にあるだけで3度ほど同じ夢をみた。

「手」が出てくるものだ。

幼稚園を卒園する年くらいまで住んでいた場所だったので、6歳くらいまでそれを見た。

夢に出てくる「手」はいつも決まって2本。

それは肘までしかなく、肌色をした人間の手だった。

猿の手ではなかった。

その手はいつも風呂場にいる夢を見た時に現れた。

風呂場の夢

和気藹々と父と兄弟と僕は風呂に入っている。

当時よくあったステンレスの銀色の風呂釜だ。

3人で楽しく水鉄砲をやったり、シャンプーハットをかぶってふざけていたりすると、突然「手」がやってくる。

物凄い勢いで風呂場の扉を開け、まず父を浴槽に沈める。

もちろん父は必死に抵抗しているが、「手」の力は尋常ではないほど強く、一度沈んだ父の頭は2度と風呂桶から上がることはなかった。

すると今度は僕の番だ。

2本の「手」はまず僕の足首を恐ろしい力で捻りあげるように掴む。

今でも鮮明に覚えているのが、この「掴む力」だ。

本当に加減のない暴力性に満ちた力を感じた。

当然のことながら恐怖で泣き叫んだ(夢の中でだが)

しかしその「手」は力を緩めることなくその後、僕の首を締めるのである。

そこでいつも目が覚めた。

まだ小学生にも上がっていない幼児には、なかなかきつい体験だった。

僕はこれを覚えているだけで3度、放り込まれる様に、同じ夢を見ている。

あの手はなんだったのか?

今でも僕がこの時に住んでいた社宅は存在している。

というのも一昨年まえ、たまたま近くに撮影の下見で赴いた際(盟友である勝又監督と一緒に)懐かしさから立ち寄って現状がどうなっているのかを確認してみたからだ。

僕が住んでいた当時(もう30年ほど前)でもかなり古めかしい印象の場所だったが、さらに輪をかけて寂れた印象の場所になっていた。

しかし、ごく少数ながらまだ人が住んでいるようで、一階の集合ポストに名札が掲げてあったり、色違いのカーテンが下された窓が点在していた。

そして驚いたことに、僕がかつて住んでいた部屋にも、現在住人がいるようだった。

ドアの前まで行ってみると、名札がかかっていた。

今の住人には何事もないでしょうか、、、ブルブル

そもそも、僕が見たあの「手」はこの「土地」と関係があったものではなかったのだろうか?

 

定番のオカルトネタとして現象の根拠を推測すると、昔この地は「手塚」だったとか、「処刑場」だったとか、そんな類のものに紐づけられれば立派な怪談になるのだろうけれど。

残念ながら、そんな記録はない

あの「手」は一体なんだったんだろう。

今でも僕にはわからないのだ。

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